今日はプロを目指すミュージシャン、音楽クリエイターの方に向けて、音楽出版について少し書こうと思います。この「音楽出版」という言葉とビジネスについては、普段音楽を相当聴きこんでいる方、雑誌やウェブで音楽の情報を積極的にチェックしている方でも、あまり馴染みがないかも知れません。
Contents
音楽を「出版する」とは?
「音楽出版業」とは音楽に関わる著作権を管理もしくは利用促進する仕事一般を指すのですが、そもそも本でもないのになぜ「出版」と呼ぶんだ?と疑問に思いますよね?これはその昔、音楽の著作権事業が「楽譜本(スコア)を管理・売買する」ことから始まったからなんです。CDやmp3はもちろん、レコードがない時代には、誰が著作をした(=作曲・作詞などをした)のかという証を音源に残すことは出来ませんから、楽譜本がその役割を果たしていたという訳です。
クラシックやバンドスコアなど、一部の音楽ジャンルでは今でも楽譜を管理すること、商品化することが重要な業務になっている出版社もありますが、殆どの音楽出版社にとっては、メディア(記憶媒体)に記録された楽曲の音源そのもの(とその著作権情報)の管理・開発がメインの業務になっています。
以前は音源のマスター(=情報としての音そのもの)を制作するレコード会社と、その権利情報を管理する音楽出版社は別々の会社で機能分担されることが通例でしたが、現在はレコード会社自身が社内に関連会社を作って出版事業を行うこともあります。そこは楽曲の売り込み方、戦略次第というところで、またジャンル、規模、国によっても大きくアプローチが異なるので、一般化は出来ません。ちなみにModel Electronic はレーベルでもあり音楽出版社の役割も担っています。
音楽の著作権というと、このところ違法コピー問題を中心にどうも後ろ向きな話題が上りやすいですが、そのことは(今日は)さておき、音楽を各メディアや国内国外に向けて円滑に流通させていくためには、音楽出版業の仕組みを理解することが必須になります。
音楽出版を学ぶ積極的理由・消極的理由
なぜこんなことを書いているかというと、実はこの「仕組み」を理解することがレコード会社や音楽出版社の様な企業・組織だけではなく、創作活動を行うミュージシャンや作詞・作曲家個人にとってこそ非常に大事な必須科目であるにも関わらず、あまり注目されていないように思うからです。別に「誰かに騙されるから」「ぼったくられるから」といった防衛的な理由からだけではなく(もちろんそれも含みます)、自分の作った著作物がどういった形で流通し管理されるのかをを知っておくことで、より多くの人に自分の音楽を(安心して)楽しんでもらえる環境を作れる可能性が増すからなんですね。
特に、音源を海外に流通させたいという意志のあるミュージシャンならば、海外の音楽出版業の事情もある程度は自分で把握しておく必要があります。海外の事情、特に権利の輸出(ライセンスアウト、サブパブリッシング)に関しては、国内でプロとして音楽事業に関わっている人でも詳しい方を見つけるのは至難の業ですから、尚更自分で知識を身につけておく必要があると言えるでしょう。(自分が接してきた限り、海外の作家・ミュージシャンで出版に疎い人は、メジャー、インディに関わらず、殆どと言っていいほどいません。)
どうやって「実践的に」学ぶ?
あまり具体的な話になると、この仕事と直接関係のない方には眠い話になってきますから手短に行きます。ではミュージシャンや作家が音楽出版業について知るにはどうすればいいのか?音楽の著作権そのものの理解に関しては国内にも幾つか分かりやすい書籍・リファレンスがありますし(「よくわかる音楽著作権ビジネス」シリーズを始めとする、安藤和宏氏の著作はかなり実践的な部分も含まれています。彼の著書は全部読んでも損はないでしょう)、JASRAC(日本音楽著作権協会)やMPA(日本音楽出版社協会)のウェブサイトにも詳細な情報が載っていますので、それらを使えば一通り勉強は出来ると思います(MPAは日本の音楽出版に関するリファレンスも幾つか出版しています)。
しかしながら、これらの情報は基本的音楽出版の基礎知識とルールを説明したものであって、実際にこれらをどう活用するのかの「ディーリングのノウハウ」や現場の肝心な部分についてはあまり触れられていません。ノウハウに関しては、公に入手できるリソースはかなり限られていて、結局のところ「実際にその仕事に関わっているプロを探して聞く」しかないのが実情です。海外事情に関しても同様、積極的に自分の足で調べ、人との出会いを探す。様々な意見を聞いて咀嚼する。これを繰り返すのみです。
ここで勘違いしてはならないのは、我々(今これを読んでいるあなた)のゴールは「著作権の専門家になること」ではないということ。不動産ビジネスをする上で不動産の知識や法律を知ることはとても大事ですが、不動産鑑定士や弁護士、学者になることがゴールではないのと同じです。日本では特にここが曖昧になりがちですから、是非注意して下さい。
というわけで、座学だけでは全く完成しないタイプの仕事なので、書籍はあくまで参考材料でしかないと理解して頂きたいですが、英語の書籍やブログを読むことに抵抗がない方なら、アメリカのamazon.comなどで “Music Publishing” で書籍や情報ソースを探してみて下さい。いわゆる著作権のお勉強レベルを超えた、実践的なリファレンスが数多く出版されています。これらに目を通すだけでも、相当アドバンテージにはなるでしょう。アメリカでは音楽出版は専門家だけでなくミュージシャンにとっても身近なトピックですから、ミュージシャン同士が集まるフォーラム(例えば Music Think Tank)などでも活発に議論、情報交換されています。
より高度な音楽出版のオペレーションについて
サブパブリッシングやライセンスなど、音楽出版のより高度なオペレーションに関して言えば、Randall D. Wixen 氏の “The Plain and Simple guide to Music Publishing” は入門の一冊としてお薦めです。Tom Petty や Michael McDonald など大御所を担当するベテランが平易な内容で音楽出版ビジネスのABCについてまとめたものですが、この手の本によくある学問風のものではなく、リアリティのあるエピソードもふんだんに盛り込まれたガイドブックになっています。
同様の(=実践的で海外の事情も把握できるという)目線で日本語の書籍を探した場合、個人的に推薦できるのは、湯浅 政義氏の「音楽ビジネス 仕組みのすべて―Music Business Bible」です。今現在のアメリカの音楽業界はここで述べられている状況から若干シフトしていますが、基本的なフレームワークを知るには格好の一冊だと思います。ただし、どなたかがコメントされているように、日本の音楽業界の慣習やフレームワークとは相当違いますので、そこはご注意下さい。
今日書いたような内容にどの位の方が関心をお持ちかは分かりませんが、日本はミュージシャンやクリエイターがインディペンデントにキャリアを創造・持続させていくための情報の場が本当に少ないので、僕がこれまで吸収してきたものの中に少しでもお役に立てるものがあればと思って書きました。テーマが拡散するかも知れませんが、今後も折に触れて音楽ビジネスに関わるトピック、ティップスを紹介していけたらと思います。
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「音楽著作権オペレーションの日米比較:「シンクロ権」の扱い方」
「映像に使う音楽のライセンスを予算内で、シンプルに行う10の方法」
追記Tips:アメリカのAmazon.comで見つけた書籍やCDsを日本のAmazon.co.jpで探すには、各商品ページの説明部分に入っているISBN(International Standard Book Number、国際標準図書番号)を注目して下さい。下記の画像にあるように、ISBN-10、ISBN-13 の二つのISBNが載っている場合が多いので、それらのどちらかをコピーして、Amazon.co.jpの検索バーにペーストして検索すれば、ある程度の商品は見つかると思います。