ビージーズによるテーマ曲が有名な大ヒット映画「サタデー・ナイト・フィーバー」、実は彼らの参加が決まったのは映画の撮影後だったという説があります。ではあの映画には当初何の曲が使われ、どういう経緯でビージーズが抜擢されたのか?そこから現在のミュージック・スーパーバイザー達の仕事が見えてきます。
皆さんもご存知のように、1977年の映画「サタデー・ナイト・フィーバー(以降SNFと略します)」は当時頂点を迎えようとしていたディスコミュージックを大々的にフィーチャーし、ビージーズの楽曲を中心としたサウンドトラックも大ヒットしました。意外なことに、この映画の音楽にビージーズが関わったのは実は撮影が終わったポスト・プロダクションの段階になってから(ここは諸説あり)で、ジョン・トラボルタの証言によると「撮影時はボズ・スキャッグスとスティービー・ワンダーの曲をあてがって踊っていた」そうなのです。
ボズ・スキャッグスを取り巻く都市伝説
プロデューサー達は実際にボズ・スキャッグス「Lowdown」(Youtube)の使用許諾をもらうためにこの楽曲の原盤権を持つコロンビア・レコードに働きかけたのですが、コロンビア(もしくはボズのマネジャー)の方は当時既に実績のあった女優ダイアン・キートンを主役に据えた「ミスター・グッドバーを探して」へのライセンス提供を検討しており、そちらの方が大きく当たるだろうという皮算用が働いて、低予算で下馬評も低かったSNFへの使用を許諾しなかったとのこと。
(そういうわけで、前回「ミスター・グッドバーを探して」の「Lowdown」使用シーンを紹介しました。ただこの話も諸説あって、ボズ本人はごく最近のインタビューで「当時そういう話があったことは知らなかったし、都市伝説だよ」と言っています。)
この状況を受けて、SNFの映画のプロデューサーの一人であり、ビージーズのマネージャーでもあったロバート・スティグウッド(Wikipedia)は当時フランスでニューアルバムのミキシングをしていたロビン・ギブ(ビージーズ)に電話をかけ、「今、小さな制作会社の低予算映画に関わっているんだけど、何か手元に使える有りものの曲あるかな?」と相談を持ちかけました。自分たちのアルバムで忙しくあまり気が乗らなかったものの、彼らは週末を使って「If I Can’t Have You」のデモをレコーディングし、ロバートとSNFのサントラアルバムの選曲責任者だったビル・オークスに聞かせたところ大喜び。ビルから「いいね~さらにアッパーな曲を作ってよ!」と調子の良いリクエストを受けながら制作しているうちに、彼らがこの映画の音楽面での主役になってしまったという次第です。
どこまでこの話に信憑性があるかは分からないし、見方によっては辣腕マネジャーであるロバートが手持ちのミュージシャンをゴリ押しして映画全体を乗っ取ってしまったという向きもあるかも知れませんが、いずれにせよ、今となっては音楽映画の金字塔となっている「サタデー・ナイトフィーバー」の大成功の裏には、偶然や成り行きが作用した部分が意外と大きかったということは見えてきますよね。
「ミュージック・スーパーバイザー」って何をする人?
「ミュージック・スーパービジョン」という観点からこの作業を検証すると、現在ならどうやってこの場当たり的なアプローチを回避して、完成まで漕ぎ着けることが出来るでしょうか?
この「何か手元に使える有りものの曲あるかな?」から始まる会話は我々ミュージシャン/作曲家とディレクター、プロデューサーの間では今でも日常的に交わされるものなので、特段珍しいことではありません。「希望の曲がライセンス出来ない」→「身近な人脈で書き下ろしを依頼」→「大当たり」という図式も今でも十分起こりえます。ただ、ポストプロダクションの段階になって音楽の主役が据わるという崖っぷち的なアプローチは、スケジュール面・コスト面の不安要素が大きすぎて普通はスポンサー(映画会社)が見逃してくれないだろうことは容易に想像できます(それだけこの映画でのロバートの影響力が大きかったとも言えますが)。
これが現在の制作ならどうなるか?コストとスケジュール管理に支障が出るのを避けるために、プロジェクトの立ち上げ当初から専任のミュージック・スーパーバイザーを置き、彼もしくは彼女がプロデューサー&監督と話し合いながら、音楽用に割り当てられた予算に応じて
A. 重要なシーンに使われる、高い使用料を払っても使いたい曲
B. Aが使えない時に差し替えで対応する曲・音源をスタンバイ
C. その他のシーンで使われる、予算の想定範囲内で使える既存曲
D. 書き下ろしで対応する場面の楽曲・スコア
などに振り分けて、それぞれの許諾作業と制作を同時進行で行う、という流れになるかと思います。
MSが最も重宝される場面はAからCの作業、つまりライセンスが必要な既存楽曲のチョイスとその権利処理です。Dの書き下ろし楽曲に関しては映画音楽の作曲家が監督とダイレクトにやり取りすることが多いので、オリジナル・スコアのみで完結するような映画の場合は、スーパーバイザーが配置されないことも多いです(場合によっては音楽全般を統括するディレクターのことをミュージック・スーパーバイザーと呼んで、監督と作曲家の調整役になることもありますが、これは拡大解釈としておきます)。
今、「サタデー・ナイト・フィーバー」に音楽をあてがうとしたら?
AからDを具体的にSNFのケースに当てはめてみると、
A. ボズ・スキャッグス「Lowdown」、スティービー・ワンダー
B. ビージーズにデモを依頼→本格的に書き下ろし参加&既発曲も提供して、音楽面での主役に
C. トランプス「Disco Inferno」、ウォルター・マーフィー「A Fifth of Beethoven」などの既発曲
D. 早い段階で映画作曲家のデヴィッド・シャイアに依頼(「Manhattan Skyline」など)
となるかと思います。
(厳密に言えば、ビージーズが直接ボズ・スキャッグスの「Lowdown」の差し替え曲を提供したわけではありません。「Lowdown」を使いたかったシーンで実際に差し替えられた音楽はデヴィッド・シャイアが作曲し、サントラ未収録の幻の曲となっています。タイトルは「Second Lowdown」で、Totoが演奏したという情報もあります。)
上に書いたように、実際にはこれらの作業をロバート・スティグウッド、ビル・オークスを中心としたプロデューサー・チームが行ったようですが、今なら最低限一人MSを立てて、トラボルタがボズ・スキャッグス、スティービー・ワンダーの曲で踊っている段階でAからD(主にCまで)を同時進行でこなしていくことになるでしょう。もちろんそういった今風の管理意識の強い、「優等生的な」作業スタイルでここまでモンスターヒットが生まれたかどうかは分かりません。
意外な教訓
と書いてきて今更気付きましたが、このエピソードはミュージック・スーパービジョンの何たるかよりも、「ピンチヒッターとして突然降ってきたチャンスを逃すな」という教訓の方が印象に残る話ですね…。実際そちらの方がためになるかも知れない(笑)。
さて、昔話はここまでにして、次の機会では現在活躍するミュージック・スーパーバイザー達の仕事振りを紹介します。
参考文献:
IMDb “Saturday Night Fever: Full Cast”
Wikipedia “Saturday Night Fever (soundtrack)”
Vanity Fair “The Making of Saturday Night Fever”
Miami Herald “Boz Scaggs gives the lowdown on his music four decades after ‘Silk Degrees’”
Wikipedia “Bee Gees: Turning to Disco”
Wikipedia “Lowdown (Boz Scaggs song)”
Song Facts “Lowdown by Boz Scaggs”
Discomusic.com “Question for Saturday Night Fever Experts”