映画・テレビ番組・広告などのプロジェクトの中で使う音楽を監督・管理する「ミュージック・スーパーバイザー」という職業が注目され始めたのは70年後期から80年代のミュージックビデオ全盛の時代です。彼らの現在の仕事ぶりを紹介する前に、今回はその時代にさかのぼって背景を説明します。
前回の投稿「映像に使う音楽のライセンスを予算内で、シンプルに行う10の方法」の中に「ミュージック・スーパーバイザー(以降MSとします)」という言葉が登場しました。Googleで検索しても1,800件足らずのこの言葉、まだ日本ではあまり耳馴染みがないかと思います。僕自身この言葉をよく耳にするようになったのは、アメリカのメディアに自分の音楽を頻繁にライセンスをするようになったこの6,7年のことです。
「ミュージック・スーパーバイザー」が生まれた背景
アメリカの音楽・映画業界でもMSという肩書きが広く浸透したのは比較的最近のようですが、「映画・テレビ番組・広告などのプロジェクトの中で使う音楽を監督・管理する(=ミュージック・スーパービジョン)」という仕事自体は、当然ながら大昔から存在しました。ではいつ頃から、なぜその仕事が一つの独立した職業として認知され始めたのでしょうか?
70年代後期から80年代にかけて、MTV(ミュージックビデオ専門局)の登場などを背景にポピュラーミュージックはますます社会的な影響力を強めていきました。映画音楽の世界も例外ではなく、作曲家が映画のために書き下ろした従来の「スコア」や挿入歌に加えて、その映画とは本来関係のない既存のポピュラーミュージックをライセンスして使う機会が増えていきます。さらには書き下ろし曲自体を人気アーティストが提供するケースも登場しました。次回紹介する「サタデー・ナイトフィーバー」を皮切りに、その後80年代を席巻した「フラッシュダンス」や「フットルース」、「トップガン」といった一連の映画は、映画音楽というよりも「音楽映画」と呼ぶに相応しい位に、ポピュラーミュージックの使用なしでは成立しえないものとなっています。こういった時代の流れを受けて、旬な楽曲を提供するレコード会社や音楽プロデューサーら音楽業界側の人間と映画制作サイドの間に立って劇中の音楽を統括する人=スーパーバイザーの役割が重要になっていったのです。
より高まるコスト意識の中で
その後映画業界(そして音楽業界)では合併・再編成が進み、高騰する俳優への報酬に苦慮する一方で、映画内で使う音楽に関してもよりコスト意識・スケジュール意識を持って取り組むことが求められるようになりました。大所帯のオーケストラを多用する書き下ろしのスコアも非常にコストがかかる上、タイトなスケジュールの中いつ仕上がるか分からない新しい音楽を待っているばかりにもいかない。有名曲の使用料は莫大なものになる恐れがあるとはいえ、書き下ろしの音楽よりも確実に即効性があります。この「既存曲のライセンス」を合わせ技で上手く活用出来れば、スコア(=自前音楽)のコストとリスクを抑えつつ、マーケティング的にもインパクトのあるキャンペーンが打てる、と映画会社が考えたのも不思議ではありません。
こういった切実な問題も手伝って、クリエイティブ面とコスト面の両面から音楽を「最適配分」していくゲートキーパー(門番)としての、ミュージックスーパーバイザーの存在はますます重要なものとなっていきます。MSは頭の中の楽曲ストックが膨大で選曲のセンスに長けた「選曲家」である一方で、使用される音楽全ての権利処理を限られた時間でクリア出来るプロジェクト進行スキル(リサーチ能力、予算管理能力、そして法的知識など含む)を持ち合わせていることが必須になっています。
早速現役組の仕事ぶりを紹介したいところですが、次回はまず、この肩書きがまだなかった時代の映画「サタデー・ナイトフィーバー」に関する興味深いエピソードから紹介しますね。このエピソードは、現在のミュージック・スーパーバイザーがどういった仕事をしているのか、またなぜそういったポジションの人材が必要になったのかがよく理解できる素材だと思うからです。
参考:Wikipedia 「Music Supervisor」