至って健康です
米国での新型コロナウイルス感染のニュースは日本でも連日報道されていることでしょう。昨日大統領による国家レベルでの非常事態宣言が発動されたことで、ますますアメリカでの感染の拡がりや検査などの対応状況について皆さんの関心が集まってきているのではないかと思います。
僕の住むエリアでもこの2週間ほどで感染者が急激に増え、学校は全て休校、職場も自宅待機が相い次ぎ、スーパーマーケットは食料品や日用品の買い出しに駆け込む人達で騒然、といった状況になっています。僕に関して言えば、2月初旬辺りから中国や日本に関するコロナウイルスの報道に注目しながら気を付けて行動するようにしているので、今のところ至って健康です。自宅待機や自宅隔離うんぬん以前に、ほぼそれに近い状態で生活を送り仕事をする環境を整えていた事を幸いに感じています。ジムに通うのは一旦止めて、昼間の散歩をランニングに切り替え、自宅にエアロバイクを持ち込んでワークアウトを続けています。ですので、もしありがたいことに僕の安否を気にかけている方がいらっしゃったとしたら、ひとまずご安心下さい。
([3/17追記] とはいえ、外でアジア人がランニングしていると刺されたり、家や車の中から銃で撃たれたりする可能性もなくはないので、そこはまた別の注意が必要です。16日トランプがツイートでコロナウイルスのことを「チャイニーズ・ウイルス」と呼びましたが、アメリカ人の大半はチャイニーズ、ジャパニーズ、コリアンの違いなど分からず「エイジアン」と十把一絡げに扱うのが普通ですから、僕ら日本人も標的にされうると考えた方が賢明なのです。)
視聴者に「知識」を提供しない米メディア
ところで、アメリカのテレビでもこのコロナウイルス(COVID-19)についてひっきりなしに報道をしているものの、この本来「病気」に関することであるはずのニュースをことごとく政局(ヒト)絡み、経済(カネ)絡みの文脈に変えてしまい、大半の視聴者、もっと言えば「社会」にとって現実的に役に立つ知識を提供しようという姿勢が殆ど見られません。専門家でない者が下手な説明をして視聴者から訴えられるのを避けているのかも知れませんが、今回の件に限らず、アメリカのメディアには、視聴者や読者などの大衆を「知識」の面でサポートしたり、彼らの知的ニーズに応えるという機能が完全に抜け落ちているように思います。「視聴者には知識や事実から判断する能力はない」とタカをくくっているのか、「視聴者を賢くしてしまってはダメだ」と警戒しているのか、判断や見解の材料となる情報や知識を与えることよりも、意見や姿勢、考え方、ひいてはバイアス、つまり「情報」よりも「結論」を伝えることを優先する傾向が多分にあります。それは保守系メディアもリベラル・メディアも同じです。
テレビ、新聞に限らず「報道、メディアとは意見を浸透させる装置であって、一つ一つの事実はその意見形成という料理のための食材、チャンスにすぎない」と考えているフシがあるのです(もちろん日本にもそういう傾向はありますが、その良心の欠如のレベルやえげつなさ、扇動力が日本とは全然違う)。確かに、特にアメリカでは、取材や裏取り、仕込みに手間のかかる「知識、情報」を提供することよりも、感情と一緒になって伝播しやすい「色メガネ(結論、主観、認識、偏見、スタンス、イデオロギー)」を刷り込むことの方がずっと簡単で金になるとは言えると思います(個人的には、雇用統計などの経済指標や世論調査などの結果、つまりデータ自体もかなり不正確で恣意的だと考えています)。
「色メガネ」は厳密な事実検証やリサーチ、論証をスルーして生み出されるので、誰でも発言OK、感情任せで言いたい放題になるし、印象操作もやりたい放題、一旦意見が割れてしまったら収束する手立ても見いだせなくなります。その「根拠・論拠の薄い、扇動的な『ポジション・トーク合戦』」の成れの果てが今のアメリカとも言えるでしょう。その戦いにおいては内容よりも「迫力(筆圧)」や「勢い」、「インパクト」がものを言い、ストレートに読者の「感情」に訴えかける(というか、「煽る」)ことが出来る人間やメディアが勝ちます。事実に基づいた「正しさ」や論理の整合性を主張することは、意味を持たないどころか、「めんどくさい」と煙たがられる可能性すらあります。日本では「アメリカ的、アメリカ発」だとされるクリティカル・シンキングやロジカル・シンキングなどどいった考え方は、実際のところここでは「弱っちい負け犬のインテリが吠えてる屁理屈」位にしか映らないのではないでしょうか。
ちなみに日本の「生活情報番組」にあたるような番組はなく、アメリカに来てテレビ番組を見ていて「へえー、それは知らなかったな」と感心したり、「それあるある!」と相槌を打ったことはないです。
慎重で平均的に学習効果の高いアルゴリズムを持つ日本人
それに対して日本のメディアはどうでしょうか?本来は門外漢である文化人や芸能人が神羅万象の「ご意見番」と化して、あれやこれやと無責任にコメントしてしまうワイドショーの悪しき風習もどうかと思うし、アベノミクスの解説ならまだしも、芸能人の不倫の話まで全てテロップとフリップボードを駆使して分かりやすく解説をしようとする律義さ(?)や余計なお世話ぶりには呆れることもありますが、内容はどうあれ視聴者に対して何らかプラスになる情報や知識を提供しようという姿勢は、民放にもNHKにも貫かれていると思います。だから日本の視聴者は誰もが事情通で、頭の中が自分の人生とはあまり関係のないムダな豆知識で一杯になってしまう傾向がある(僕の母親がそうでした)。しかし、今回のような事態では、その日頃の用意周到で過剰な「啓蒙活動」がプラスに働いているように感じるのです。どういう行動が感染の原因となったと考えられるのか、手洗いやマスクはどの程度効果があるのか、どういったデマには注意しなくてはいけないかなど、視聴者が「知りたい」「知ろう」と思う事柄や彼らの役に立つ情報に関して、手取り足取りくどい位に伝えてくれる。さらには書籍やネットなども活用して、一人一人が知識と対策のレベルをどんどん上げて他者と共有していく。そういった「皆で賢くなる」現象は世界広しといえど、日本でしか起こりえません。平均的な日本人は、恐らくトランプやホワイトハウスにいる人間達よりもコロナウイルスに対する知識があり、予防策が周到なのではないかと思います。これはビリオネアやハリウッド・スターが幾らお金を積んでも真似する事が出来ない、慎重で平均的に学習効果の高いアルゴリズムを持つ日本人が作り上げた「社会習慣・文化」なのです。
もちろんメディア以外にもアメリカと日本では大きな違いが山ほどありますし、日本人の持つこの特性が裏目に出るケースも多々あるでしょう(実際沢山あります)。しかしながら、ここでは詳しく説明しませんが、アメリカでは医療・福祉、教育、交通、郵便などの社会インフラ、つまり「社会、公共」を形成する基盤が信じられないほどずさんなので、感染症の様な危機に限定して言えば、人々の対応能力とリテラシーは発展途上国並みに低いと思います。
([追記]だからこそ現在、国や州、自治体レベルが強烈なトップダウンで急速に対応策を進めている。国が国民一人一人の常識や理性的な行動、そして素早い学習効果を信頼して、国民もその期待に応えることが出来る「性善説」の日本とは社会構造そのものやその約束事、人々の危機意識、リテラシーの水準などがまるで違うからです。)
日本で「アメリカは危機対応が早い」とか何でもかんでも手放しに欧米諸国を持ち上げる傾向のある方、隣の芝が青く見えるのとお人好しは程々にして、一度それらの国にじっくり住んでみて、その国民目線で現実を見てみてはいかがでしょうか?戦争で本土を焼かれ、災害が絶えない国で生き抜いてきた日本人の血に流れるネイティブな危機意識や学習能力を自ら過小評価したり、日本人の危機対応能力をむやみに卑下しないで頂きたい。
と、原爆が落ちた広島に生まれ、実家が阪神・淡路大震災を経験した僕は強く思うのです。
「無知と傲慢のクラスター」から身を守る
人災であろうと天災であろうと、危機的な状況において人間をさらに危機に追い込むのは、無知と傲慢です。情報や知識、事実に基づいて考えたり行動することなくして、ハッタリや知ったかぶり、扇動、過去の成功体験や金銭的な援助、そして都合の良い「ファンタジーの創造力(現実から目を背け、壮大な夢物語へと歪曲する能力)」だけで危機を切り抜けることは出来ません。僕が懸念しているのは、医学・医療・科学的な問題や欠陥以前に、アメリカではこの「アティチュード」「メンタリティ」が致命的な失敗を引き起こす可能性です。普段アメリカの繁栄の促進力(ドライブ)や支えとなっている部分が、こういう状況においてはアキレス腱になりうる。
根拠となる知識もないのに断定的な物言いをする輩、「自分は大丈夫」と過信して他人を配慮した行動を取らない輩、ソーシャルメディアでデマを流してパニックや不安を煽る輩、自分こそ周到な準備をしていないのに「パニックになるな」と余裕をかます口だけ達者な輩、そして何が起こっても隣の芝が青く見える自己卑下の塊のような輩、こういった「無知と傲慢のクラスター」から身をかわすことは、ウイルスから身を守ることと同じくらいに大事です。どこの国にいようが、目上の人間だろうが、こういう「あかん奴」に言いくるめられたり、上から目線で押し切られそうになったらこう言いましょう。
「Then, what do you know?(で、お前は何を分かってるっていうわけ?)」
自分が「知らない」ことに対し目をつぶらず、かといって「知った」ことで感情的にも衝動的にもならず、冷静に行動する。そんな心掛けを持ち続けていきたいものです。