プロユース(業務用)から始まったものが一般マーケットまで発展・普及した例は、枚挙にいとまがありません。そこでは必ず、使う側の想像力や工夫、フィードバックが大きく貢献しています。DJのための宣伝ツールとして開発された12インチ・レコードの話から、現在のコンテンツビジネスが抱える「ねじれの構造」の問題まで。
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Model Electronic Store Proの紹介
一昨日Model Electronic Store Pro の方がオープンしました。iTunesやBeatportなどの所謂MP3ストアとはもちろん、従来のCaptain Funkストアページともかなり目的と趣きが異なるストアになっています。FAQなどのページに出来るだけ説明を盛り込んでいきますが、このストアと似通った主旨を持った音楽ストア自体僕もまだ見た事がないので(笑)、説明に小慣れていくのに少し時間がかかるかも知れません。とはいえ、音楽を楽しんで頂くためのサイトであることには変わりないですから、Library共々お気軽に立ち寄って頂いて、Model Electronic の音楽をお楽しみ頂ければと思っています。
Store Pro という名前からお察しの通り、このストアはプロのメディア業界の方が音楽を映像にシンクロして使用する際、プロジェクトにその曲が合うかどうかをすぐに判断出来る様に、様々な楽曲の選択肢(インスト、リミックスなど)を用意しています。とはいえ、それらの選択肢を、プロの方達だけが(「必要」とまではいかなくても)興味を持つ特殊なものだとは言い切れないところがあるように考えています。ですので「トップリスナーの方も対象」としてあるのですね。実際既にリスナーの方にも購入頂いていて、とても嬉しく思っています。
正式な手続き・報告作業を経て頂きさえすればマスメディア以外の映像、動画にも使用して頂けますし、ホームリスニングとしての利用であればまったく問題ありません。使い方・楽しみ方はこちらが決めるものではなく、使う側のアイデア次第で拡げて頂くというのが一番健全だと考えています(こちらはそのためのガイドラインや適切な情報を提供するのが仕事です)。
「業務用」が一般化・普及した、「12インチ・レコード」
プロを想定して始まったものが時を経て使用方法・場面が拡大し、一般化・普及していくという例としてはアナログレコードの12インチ (Wikipedia) がまさにそうですね。12インチは、その昔レコード会社がアーティストのシングルリリース時にラジオのDJ(ディスクジョッキー)やディスコのDJに重点的にその曲をかけてもらうためにあつらえた「宣伝用もしくは業務用のB2Bアイテム」でした。販促担当のスタッフが、DJがディスコでかけやすいもの、またラジオでかけてみたくなるようなスペシャル感をミックスの内容からアートワークの装丁(ピクチャーディスクも含む)に至るまで盛り込んで配布した、いわば「仕事上の工夫の産物」だったわけです。
70年代後期の12インチ黎明期はディスコ用に作られたものが中心だったと思うのですが(”Tom Moulton Mix”は業界の中で信頼のブランドでした)、70年代末~80年代に入るとアメリカではFMラジオ局の数、それも「Top40」を扱うチャート番組が爆発的に増えたことと連動して、ロックやポップスの12インチプロモ盤がシングルリリースの度に作られました。ラジオDJはそれらの楽曲の「関係者用レアミックス」を先行してプレイすることでリスナーを惹きつけ、それが番組の人気とステイタスにも貢献したということなのでしょう。当時の12インチのラベルには必ず “Not For Sale” と書かれていた事からもお分かりの様に、業界関係者(プロモーターやDJ)以外がその盤をリアルタイムで入手することはかなり難しく、番組や雑誌のプレゼントアイテムなどに選ばれた日にはファンは血眼になって応募していた、なんて記憶が(子供ながらに)あります。
80年代後半になるとラジオ需要としての12インチは若干後退したものの、徐々にユーロビートやHi-NRG、初期ハウスなどをかけるクラブ/ディスコの台頭、DJの増加に伴って、12インチが専門店を中心に一般市場にも出回るようになりました。アーティストや楽曲によっては3分でカットされてしまうラジオエディット(もしくはシングルミックス)ではその良さが発揮し切れず、ロングミックスの方が一般のファンにも好まれるようなものも出てきて、12インチは「金のなる木」としても期待される「B2Cアイテム」に発展・下方拡大していったわけですね。上のWikipediaによると、New Order の”Blue Monday” は80万枚売れたとか。その後の12インチの行方は皆さんよくご存知だと思うので、僕のウンチクはこの辺で(笑)。
コンテンツを制作・供給する側とそれを使う側との、「蜜月」と「ねじれ」
12インチに限らず音響機器や音楽・映像制作のハードウェア、ソフトウェアなどの世界でもこういったプロユースから始まったものが発展・普及拡大した例は枚挙に暇がありません。いずれにしても楽しみ方(文化)とマーケットを拡げてきたのは提供側の一方的な思惑や仕掛けではなく、使う側の発想や想像力、そしてフィードバックあってこそなんですね。音楽(楽曲コンテンツ)の場合、著作権のシステムがいつの時代も使う側の発想や想像力のスピードに追いつかない硬直的な部分があるため、「正当に使うvs盗む」の二元論(もしくはそこから来る感情論)に終始しがちなのは残念ですが、個人的には、使う側がより楽しく感じることで新しい文化が広がり、コンテンツを提供する側がその結果、より経済的に発展する可能性・裏づけがある限り(後述しますがこれは大事なこと)、システムとルールを作る側がその現実に従うようにフレキシブルに対応するべく働きかけていくのも我々の大事な仕事だと思っています。
しかしながら、この「裏づけ」を明確に見出せないことが(自分を含め)世界中の音楽業界、コンテンツメーカー、著作権管理団体を一斉に悩ませ、この10年あまり喧々諤々やっているわけですね。これは「文化」と「ビジネス」という二つのフィールドの間にかつてなかったほどのミッシングリンクが生まれたこと、それらのフィールドでのプレイヤー構成とビジネスモデル(IPOやM&Aなどの出口戦略も含めた「戦い方」)が大きく変わったことに対して、理解とアクションが追いついていないことに起因していると考えています。上の12インチの時代の様に「文化がビジネスを後押しする」ことはこれからもあれど、それを生み出し販売した張本人がその最終受益者や主役の座を常に与えられるとは限らないという、奇妙な「ねじれ構造」を持った時代に突入したわけです(特にコンテンツビジネスにおいて)。
Appleはそんな時代にその二つのフィールドのフィードバックループやリンクを(しかもB2Cレベルに完結した形で)完璧なまでに作り出しましたが、これは恐らくスティーブ・ジョブスの頭の中でそれらのリンクが外れる余地もない位に強固な世界設定・予見が出来ていたと同時に、現実の世界でそれらをコントロールすることに冷徹なまでにこだわったからだろうと思います。
しかし、彼は音楽制作者でもレコード・レーベルでもありません。音楽を作り、提供する側が、使う側との蜜月をどう回復し、再構築するのか。その問いと試行錯誤はまだまだ続きます。
何はともあれ、最近立ち上げたLibraryやこのStore Pro から、皆さんとの次の音楽の楽しみ方や使い方が見えてくることを自分としても期待しています。