ここから4話はDark Modelのニューアルバム「Saga」についての解説です。Vol.2、Vol.3、Vol.4 も併せてお読み下さい。
(3月5日、英語版をアップしました。”Dark Model “Saga” Backstory 1 – New track “Survivors“)
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このアルバムのコンセプトやアートワークなどの解説は次回以降にするとして、今日はこの楽曲の制作面でのバックストーリーを中心に、Dark Modelの音楽を作る時に普段考えていることなどをお話していきます。
縁の下の力持ちとしての電子音
この曲はアルバム収録曲の中では割と早い段階で骨格が出来たのですが、その後のアレンジ、特にミックスには試行錯誤にかなり時間を割きました。Dark Modelの場合、アレンジの中核となるのはオーケストラ楽器ですが、普通のダンスミュージックにおいてシンセサイザーが担う部分をごっそりオーケストラ楽器やトラディショナルな鍵盤楽器に代役を任せようとすると、音の迫力やリズムのキレの面でパワーが絶対的に不足します。シンセはエレクトロニック・ミュージックにおいては当然主役を果たしますが、ロックやポップスにおいてはアレンジ上は(最悪なくても何とかなる)脇役的な存在に考えられがちです。しかしレコーディング・エンジニア的な側面から言えば、シンセ/電子音にはベース、キックなどの低音部を安定させたり上モノに厚みを加える効果があるのはもちろんのこと、ハイハットなど高音部のリズム要素の存在感を上げることまで、音楽ジャンルを問わず縁の下の力持ちとして活躍できる部分が沢山あります。生楽器だけによる純粋なクラシックや民族音楽ですら、電子音を隠し味的に使うことでより生き生きと聞こえるようになる、ということは十分ありえるでしょう。
この「Survivors」に限らずDark Modelの楽曲では、弦楽器・管楽器を主役として、それらを使うことによるアーティキュレーション(抑揚)の豊かさや世界観・ストーリー性の広がりをいかに電子楽器やリズムが引き立たせられるかを考えて作るようにしています。とはいえ、映画音楽やゲーム音楽とはエレクトロニックな要素のウェイトが全く異なり、ビートやシンセのリフもそれなりに主張します。ここで「お互いの良さを相殺しないで相乗効果を上げるコツは?」と質問が飛んで来そうですが、そんなコツはありません(笑)。リファレンスとなるような音楽が巷にないのはもちろんのこと、Dark Modelの場合は曲ごとに使う楽器の構成も数もかなり異なりますから、これはもう1曲1曲少しづつトラックを足しては引いて、時間をかけて自分なりの最適なアレンジを見出していくしかないのですね。言うなれば、「自分なりの答えが見つかるまで、楽曲を解剖し、改善する」ということです。
楽曲を解剖し、細かく変化とメリハリをつける
一つ言えるとすれば、表立っては聴こえないが楽曲のカラーに大きく貢献する縁の下の力持ち的な音(ゴースト)を「どう足すか」、逆に主役級で鳴っているが実は常に鳴らさなくても良い音を見つけて「どう引くか」、それらをタテ(アンサンブル、音圧、周波数など)とヨコ(その変化、展開)で細かく検討・改善していくと、各楽器の妙を殺さないで、音圧と躍動感を引き出せるのではないかと思います。もう少し具体的に言えば、コンプ/リミッター、ゲート、イコライザーなどのプラグインを駆使するだけでなく、全トラック&バスのゲインの変化のオートメーションを丁寧に書いて抑揚をつけていく位の手間をかけてみるのをおすすめします。餅つき、もしくはシーソー運動の様に各パートがリズミカルに呼応するように書いていきましょう。
(さらに突っ込んだノウハウを知りたい方は「mixing, automation, tricks」など複数語をかけて検索してみて下さい)
「最終ミックス」が意味するもの:アート・オブ・モダン・レコーディング・エンジニアリング
クラシックにも優れたリズミカルな曲、ダンス曲は沢山ありますから、本来オーケストラ楽器が躍動感のある演奏が苦手なはずはありません。ただエレクトロニック・ミュージックは特に、譜面に書かれた情報(主にメロディとリズム)をなぞれば誰でもイメージに近い形で演奏できるようなタイプの音楽とは違って、音の選び方や音像の抑揚・変化などのエンジニア的な側面までを完璧に「録音物・記録物として閉じ込めた」最終ミックスこそが曲として成立しうる、すなわち作り手がその音楽を通して伝えたい「揺らぐことのない”最終宣言”」だと見なされるという暗黙の了解があることに注意をすべきでしょう。CDやMP3を聴く時、僕らは音楽を楽しむと同時に、「その音楽が録音された状況・セッティングを楽しんでいる」のです。どんな楽器を使うにせよ、そういった気難しい(笑)音楽の楽しみ方、現代のレコーディング・エンジニアリング的な耳の基準に叶う形でその楽器のサウンドを捉え直して「手術(化粧でもいいですが)」を施さないと、どうにもこうにもバランスの悪いアンサンブルになってしまう危険性があります。
現代のレコーディング・エンジニアリングの世界で起こってきた進化やルール(常識)の変化は、僕らの音楽の聴き方、楽しみ方をドラマティックに変えました。語弊のある言い方かも知れませんが、使い方によっては人間の手による演奏がサウンドのシャープさを奪い、曲(とそのレコーディング)に込めた作り手のコンセプトを殺してしまうことだってあるのです。
「実演至上主義」の落とし穴
DJなどのダンスアクトとオーケストラ等の生演奏のコラボレーションで、何か間延びしてキレのない演奏に聴こえたり、取ってつけたような音像になってしまう場合が多いのは、あまりに距離の離れた二つの存在の特性を理解・統合出来るだけの知識と経験のある人が(ダンスアクト側に)介在していないことによると思います。伝統的なクラシックの演奏であれば指揮者がそこを担うのでしょうが、通常の指揮者に現代的なエンジニアの耳を一晩で養ってもらうわけにはいかないので、時間をかけたコミュニケーションと試行錯誤は必要でしょう。ただそれ以前に、何でもかんでも無理やり「レコーディングされた音楽=生演奏で再現が可能」だと考えるべきではないと思うのですが(笑)。一コマ一コマを執念で描き上げた名作アニメやSFX/CGを凝らした大スペクタクル映画を「これ、劇場に役者を集めて舞台化(=生で実演)したら面白い!」とは誰も言わないのに、なぜ音楽はいつまで経っても実演至上主義、もしくは割と簡単にライブパフォーマンスで再現が可能な表現物だとみなされるのか、そこはいつも不思議に思うのですね。
次回はアルバムのタイトル「Saga(聖戦)」に込めた意味、Dark Modelのコンセプトについてお話していきます。それまではこの「Survivors」の音源をお楽しみ下さい。