独立するまで、独立してから
デ: 「インディとメジャーの違い~」みたいなのは、ここで聞くと話が長くなりすぎて帰れなくなるので、これを読んでる人でわからない人は、ググって自分たちで調べてもらうとして(笑)。タツヤはさ、けっこう前から「僕はインディペンデントだけどインディではない」みたいなことをよく言ってるじゃない。でさ、このインタビューの前にちょっと雑談してたら、一日のスケジュールがすごいよね。朝6時に起きて7時から仕事してるらしくて。で、夜はジムでワークアウトをする。
なんかさ、ミュージシャンっぽい、けっこう夜型の生活をしてるのかと思いきや、全然、反対で超規則的な生活でさ。なんなのこの人、超健全だなって思ってさ。僕はさ、タツヤの音楽はもちろん好きなのでファンなんですけど、タツヤの活動自体というか、全体像が面白くて追っかけてるところもあるんだけどさ。「僕はインディペンデントだけどインディではない」って言ってるけど、タツヤは自分の生活スタイル含めて、自分の「インディペンデント」な活動に関しては、どういうふうに考えてるわけ?
オオエ: 20代後半に独立したんだけど、そのときミュージシャンをやりたいって言うよりは、「自分が創った音楽をビジネスにして独立したい」っていうのが一番にあったの。
例えば、ある会社や事業体が10階建てのビルで仕事をしているとすると、商品開発や製造、営業、マーケティング、法務、人事、経理など、事業を回していくのに欠かせない部門がそれぞれのフロアに収まっているよね?規模は異なるけれども、個人事業の場合は、この10階建てのビルを一人が全てウォッチして、どの部門もきちんと回るようにしていく必要があるわけ。そうなると、取引先を含めた一般社会とかけ離れた時間帯で仕事をするわけにもいかないし、クリエイティブな部分を抜かせば、割と普通というか、ストイックな生活にならざる得ないよね。もちろん内部外部でスタッフに協力してもらって、一人で全部を背負い込まないように工夫はしているけど、基本的には自分が手を休めたり「ちょっと創作のスランプで気分が乗らない」なんて言ってこの10階建てのビルの見回りをサボっちゃったら、すぐにどこかのフロアが機能しなくなって、崩壊しちゃうから(笑)。
朝一番に出社してトイレ掃除をする創業社長みたいな話になっちゃうと、みんなが思い浮かべるクリエイターのイメージとずれてしまって「夢がないなぁ」って感じになるから、自分からは積極的にこの手の話はしないけどね。ただ、日本でもアメリカでも、職種に関係なく、独立してビジネスを続けていこうとすると、1にハードワーク、2に自己管理能力、みたいなことは大前提になってくるんじゃないかな。
デ: ほうほう。深いなぁ。あ、これも言わせてほしいんだけど。さっき、雑談した時にさ、こんなことも言ってて、すごいなぁって思ったんだけど、ほら、タツヤは大学終わってから、会社員やってたじゃん。その後、独立したみたいなんだけど、その独立した時にさ、音楽活動をすでに始動してて、並行して会社員も何年か続けてたんだよね。それでさ、おもしろいんだけど、そのときに「会社でもらってた給料と音楽の仕事での収入が一対一になってから独立しなきゃいけない」っていう目標を立てて、それが出来たから独立したんだっていうのを話してくれて。それはどういうことなのかな?
オオエ: それはね、25歳くらいのときに「音楽で独立」ってのを考えだしたときから、思ってたことで。でもね、それ多分何かの本に書いてあったんだよね。独立して何かをするんだったら今もらってる給料と同じくらい稼げるようになってからじゃないと、辞めてから後がすごく大変だってね。確かに実感として、そういうのはあったし。会社にいるときは給料が放っておいても入ってくるから、お金を無計画に使っちゃうわけ。そうすると、独立したい!なんていざ大志を抱いても手持ちに資金がない。
親が金持ちなわけでも全然無いし、東京に一人でずっと暮らしてたから、やっぱり誰にも頼らずに自分で稼いで、しかも独立しようと思ったら、次の仕事で同じくらい稼いでないと到底辞められる資格はないなぁと思ったわけ。しかも、会社でやってた仕事と音楽の仕事との間には、仕事の内容はもちろん、人脈的にも何の接点もないわけだから、古巣の誰かを頼ってとか、クライアントを引き継いで、みたいなこともないし。そんな状況で、えいやっ!で独立するのはあまりにも無謀だよね。貯金が無いってことはランニングコストとして毎月同じ額を稼がないと来月から食っていけないってことだから、やっぱりそれぐらいになるまでは会社と並行してやっておこうと思ったの。だからあの頃は会社終わってから、依頼されたリミックスを作ったり、夜、クラブでDJやったりして、それで朝起きて会社に行ってたわけ。
デ: すごいよね。いつ寝てたの!?
オオエ: 若かったからね(笑)。幸い、数年で同じくらい稼げるようになって、あとはもうフルタイムでミュージシャンやっていかないとCaptain Funkのほうが中途半端になっちゃうなぁってところまで勢いがついてきたんだよね。それがあってやっぱりもう満を持して辞めるべきだって思った。タイミングがすごく良かった、というのもあるけどね。
デ: Captain Funkはイタリアからデビューだったんだっけ?
オオエ: いやTatsuya Oeって名前で出したレコードがイタリアのレーベルから出て、デビューって形になったんだよね。そうそう、その時はね、まだCaptain Funkって名前はアーティスト名としては使ってなくて、自分が小さなハコでやってたイベントの名前だったんだ(笑)。
デ: え~(爆笑)。
オオエ: ははは。仕事で使ってたパソコンと中古のサンプラーで、見よう見まねで作ったテクノが1996年から7年にかけてイタリアのレーベルから出て。でもその時はまだ会社員だったので、実はイタリアからレコード出したんですよーみたいなことを同僚とか先輩に言ったりしてた程度で、それで食っていけるなんて手ごたえはまだなかったよね。
Captain Funkのデビューアルバムを出したのが1998年でしょ。「Bustin’ Loose EP」を出したのが1998年の終わりから1999年にかけてだからね。その頃に辞めたの。だから、その頃までずっと会社員やってたの(笑)。
デ: じゃあ、デビューして数年間は、ほとんど寝ずに昼と夜もずっと仕事してたんだ(驚)。
オオエ: うん、そうだね。ただまぁ、海外からライブのお呼びがかかってパリとかロンドンにツアーに行ったりするとさ、もう、そこまで音楽の仕事に片足突っ込んじゃうと、いつかはこれで独立しなきゃいけないんだっていう気になってきたんだよね。その目標はずっと立ててはいたけれども、でも、金銭的なことが大きいと思ったから、要は金銭的な問題が解消するまでは、二足のわらじみたいな生活を(笑)続けていこうと思っていて、それがだからうまくバランスが取れてきたのが98年の終わりかな。
だからまぁ、それなりにキツかったけど、さっき言ったように収入が一対一になるまでは絶対にやめないと決めてたからね。
デ: うーん、そこがね、面白いところですよ。タフだな〜〜。
音楽ビジネスとスターシステム
デ: 普通「音楽で独立したい」とか「DJ・ミュージシャンになりたい」って言うと、チヤホヤされたい!とかテレビや雑誌に出て人気者になりたい!っていう動機があるような気がするんだけど、タツヤの場合はそうじゃなかったってこと?
オオエ: 人気者になりたくて音楽を選択したわけじゃないよね。無理に嫌われる必要もないし、全く人に相手にされなければ仕事にならないけど(笑)。むしろ「人気」という、本来音楽活動の後に付いてくる「副産物」が主役に逆転しちゃう現象というか、まあ言ってしまえばスケベ心(笑)にそもそも興味がないことが、自分の最大の強みだとすら思ってる。歴史を勉強すれば分かるように、人気者でいて、かつ一生のキャリアとして、ライフワークとして、音楽を幸せに続けられた人ってのは、ものすごく少ないしね。
ショービジネスの世界では、どんなに栄華を極めた人たちも、マネージメントの問題、周りの人の問題、お金の問題、著作権の問題とか、色々な問題が山積みで苦悩していたことが、後から分かったりするよね?みんながみんなそうなるわけじゃないけど、現代のアーティストは創作以外にも背負わなければいけない部分がものすごく大きい。なんでかっていうと、それは彼らが(大量生産・消費時代の)「商品」だからだよね。
今でこそモーツアルトやベートーベンは有名だけど、彼らが生きていた時はそうではなかったわけじゃない?当時彼らとしては今のアーティストや作曲家に比べたらすごく小さな稼ぎで、そこそこの収入とかそこそこの名誉で死んでいったわけだよね。今はそういった時代とは全然違って、なんでもデジタルコピーできるし、CDやレコードに刷れる。ラジオやMTVなんかの電波で飛ばせるし、Youtubeやツイッター、スポッティファイもある。時空を超えて、いくらでも音楽とアーティストというブランドを複製して広げていくことができる時代になったわけ。一人歩きのレベルが半端ないわけよ。
そうなると自分を一(いち)商品、一(いち)プロダクトとした場合、少し悲しい話になるけど、それこそコーラや洗剤とかと一緒なんですよ。色々な人が消費して、色々な人がその人のイメージを植え付け、塗り替えていくわけでしょう。でも、それがコカ・コーラだったらさ、いいよ。コカ・コーラがみんなの期待するイメージに応えられないからってノイローゼになったりもしないし、大事な家族を失ったり夜逃げも破産宣告もしない。でも、音楽ビジネスの場合は、商品がデリケートな「一(いち)人間」だからね。やっぱりその増幅されたイメージとか、増幅されたビジネス、つまり1対何万百万人、何億人という異常な世界に、一人の人間が長きにわたって耐えられるものなのかなぁってのは、ずーっと昔から疑問で仕方がないわけ。人間自体は原始時代から基本的に変わってない以上は、その膨れ上がった「人間商品化」のシステムが負の方向に向いた時、制御できるはずがないんじゃないかって。
デ: あー、はいはいはい。
オオエ: そういうのが好きで仕方のないセレブリティ願望、スター願望のかたまりみたいな人もいるよ。ドナルド・トランプじゃないけど(笑)。みんなに注目されることも、叩かれることも含めて、全ての注目をその人の闘志に変えるっていう、露出狂みたいな人もいるんだろうけど、人間そういう人ばっかりじゃない。
それに、そういった「スターシステム」と「クリエイターとして作品を作り、記録を残して生計を立てる」ということはまた別の仕事というか、そもそも別のビジネス・モデルじゃない?そこを混同というか一緒くたにして、音楽ビジネスもスターシステムの道しかないんだと捉えてしまうと、人間を商品にすることばかりに意識が向いてしまうという点で、創作とは別の問題を抱えてしまうんだなっていうのは、この仕事を始めて割と早い時期に気がついたんだよね。
人間は動物である以上、創作物や出来事、つまり「モノ」や「コト」よりも人間そのものに対して反応し、感情移入するという習性があるから。音楽産業はこの50年以上、その習性を最大限利用してきたし、TwitterやYoutube(Google)あたりのテクノロジー企業なんて、そのスターシステムを一般の人のレベルまで拡大させちゃったもんね。とても恐ろしいことだと思うよ。
デ: お。でも、キャプテンファンクを日本でやってるときは、DJとかライブも大きな会場でやったりとか、けっこう露出もしてたよね?
オオエ: いや、あの程度の露出は僕でも耐えられるし、自分が考えているリスナーに対して音楽を伝える、楽しんでもらうために「必要範囲以内」な活動だよ。でも、もっともっと一般的な意味で「世間」が「音楽で成功する」といった場合の物差しというのは、さっき言った「スターシステムのはしごを登る」道しかないことになっていて、例えばテレビに出てお茶の間で知られるようになるとか、紅白に出るとか、武道館を埋められるくらいのライブをやるとか、ということでしょ?アメリカなら、スーパーボウルのショーを飾るとか、ツイッターでミリオンのフォロワーを作るとか。
逆に、それが達成できないと、音楽で生計を立てることは出来ないとすら考えている人は多いんじゃないかなあ。それは単なる間違った「神話」だと、ここで断言しておきたいね。音楽に限らず、知名度や人気をしゃかりきに追い求めなくても、幸せに創作活動で生計を立ててる人は幾らでもいるよ。そこを理解していないと、「プロモーションになるから」とか「露出できるから」とか、甘い言葉で誘う業界人にコロッとダマされちゃう(笑)。
僕に関して言えば、自分が面白いと思える「音楽」を創って聴いてもらう、自分が創作した「作品」でメシを食うってのが、楽しそうだなぁ、それをやりたいなぁって思って始めたわけであって、人気者になってモテたい(笑)とか、音楽よりも人物の方がメディアで脚光を浴びるとか、そういう願望というか強迫観念は、そもそも興味対象から外れていたんですよ。そんな目標がもしあったのならば、幼少の頃から行動パターンが全然違うと思うしね(笑)。
「創作自営業」
デ: なんか聴いてると漫画家とか小説家みたいな感じだよね(笑)。
オオエ: あーそうそう、いわゆるミュージシャンよりは、そういった創作業の方に近いと思ってる。漫画家は出版社がいるから、連載が決まって雑誌が決まらない限りは漫画家はブレイクしないだろうし、僕みたいにインディペンデントでやってる漫画家の人がどれほどいるのかは分からないけど、小説家とか漫画家とかは、創作業のあり方として共通点があるように感じてます。ミュージシャンっていう肩書にはなってるけど、そうだと思う。
デ: うん、そうだね。近いよね。
オオエ: ざっくり言っちゃうと、音楽をやってるから肩書が「ミュージシャン」だし、音楽ビジネス、音楽業界っているけど、実際のところは「創作をやってる自営業」なんですよ(笑)。
スターシステムと、創作の「再現性」
デ: そういう解釈でいくと、さっきの「人気者になるつもりはない」という話も、合点が行くね。
オオエ: 漫画家さんって本人が出ていかないでしょう。よっぽどのドキュメンタリー番組じゃない限り。テレビに出ないよね。でも、もし漫画というビジネスがさっきの音楽ビジネスの話で説明した「スターシステム」と同じようなビジネスモデルになって、漫画家もお茶の間のメディアに出なければやっていけない時代になっちゃったら、ずいぶんおかしな感じになっちゃうと思う。
例えば「鳥山明さん、プロモーションだからテレビに出ないとだめですよ!」とか編集者に言われて、それこそ「漫画ステーション」みたいなのができちゃうとか(笑)。「みんながどんどんテレビに出てるのに、なんであなた出ないんですか?テレビに出てない漫画家は一流じゃないですよ!」そんなこと言われて、漫画家が渋々テレビに出てくるような時代になっちゃったら、大変だよね。音楽ってそれがなぜか当たり前になっちゃってるわけ。でも、僕からすると「なんでみんな出なきゃいけないのかな?」って。しかも本人が出てきて、一旦創作し終えた作品を再現というか「実演販売するのが当たり前だと思われてるわけでしょう?
デ: あ~はいはい、既に完パケしたものをライブで再現するというね。
オオエ: そうそう。それと僕の場合、リアルタイムで再現できるような音楽ばっかり作ってるわけじゃないから、再現を無理やりしようと思ったら、現実をある程度捻じ曲げなければいけない。何百時間かけて作った録音物をリアルタイムで再現しようとすること自体にそもそも矛盾があるからね。その矛盾を切り抜けようとすると、苦し紛れに口パクとかカラオケみたいなパフォーマンスをせざる得ない。ゲスト・ヴォーカルやオーケストラだけ生で演奏して、トラックをプロデュースした本人はキーボードやDJブースの前に立って、動かしもしないツマミを睨んで真剣に格闘してるフリ!?みたいな。あれもスターシステムと創作ビジネスの間のギャップの深さを露呈してるような気がする(笑)。
デ: (爆笑)
オオエ: 漫画家さんはテレビに出て、作業場で何時間もかけて書き上げた漫画をエアでトレースする、みたいなことはしないよね。例えば「ドラゴンボールの第何話のここのシーンの絵が面白いから、今それここでもう一回描いてください!」なんて言わないし、言われない。もちろん、自分の音楽を広めるために再現が必要だったり有効なミュージシャンがいるのは理解しているけどね。もともと生演奏が前提になっているタイプの音楽を演奏する人たちにとっては、今でも当然パフォーマンスは有効だし、僕もそういうタイプの音楽はライブで見て、素直に感動する。
ただ、音楽の世界は「作品」をスターにするのか「創作者(作曲家)」をスターにするのか、もしくは「演者(パフォーマー)」をスターにするのか、そこが他の創作活動と違って、かなりごっちゃになりやすいんだよね。だから、自分のスタンスを自分でしっかり把握してないと「オレ、この活動で何がやりたかったんだっけ?」「どの役割を優先させるべきなんだっけ?」っていう、袋小路に陥りやすい気がする。
人間は弱いものだから、人気が出たりモテ出したら、すぐ「これもこれで、いい人生だな~」ってなっちゃう(笑)。最初は作者としてのスタンスからキャリアが始まったんだけど露出の機会が増えてしまって、創作に充てる時間がなくなったからゴーストライターを雇っちゃえ!なんてケースは、このあたりのジレンマを「良いとこ取り」で解決しようとする、欲張りな手法とも言えそうだよね。本人は創作の現場を退いて、「広告塔」に徹するというやり方は、ショービズの世界では昔から当たり前に存在する。
それが悪いとは全然思わないけど、僕自身は創作が二の次になるのは嫌かな。もちろん、誰かの影武者になるなんて、もっと御免だけど(笑)。僕の場合、作曲家でもあるし、一応パフォーマーでもあって役割がすべて一人に集中してるから、なおさらその辺りのバランスに神経質なんだろうなって思う。
デ: そうだね、タツヤは役割全部一人で担ってるからね。で、本人はその中の「創作者」という部分に重きを置いてるってことなんだね。
オオエ: まさにそうだね。だから、オーケストラが武道館でDark Modelの曲を演奏してくれたり、ブルーノ・マーズがマディソン・スクエア・ガーデンでCaptain Funkの曲をカバーしてくれるとしたら、それはそれで大歓迎だよ(笑)。
デ: あ~、そういうことね(爆笑)。