既存の音楽を映画やテレビなどの映像プロジェクトで使用したい場合、使用許諾の手続きが複雑であること、著作権使用料が高いことが障壁になる場合があります。洋楽メジャーレーベルの楽曲使用料は数千万円に上ることもしばしば。そういった中で音楽をどう効果的に選び予算内に抑えるか、そのノウハウを10ほど紹介します。
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今回は、先日の投稿「音楽著作権オペレーションの日米比較:「シンクロ権」の扱い方」で書いた「楽曲の使用許諾の複雑さ」についてもう少しお話をしつつ、その複雑さを出来るだけ抑えるために現場で採られている方法を紹介しましょう。下記の話は映画、テレビ、広告業界などのプロの方は既にご存知だと思いますが、今後映像に音楽が必要なプロジェクトに関わる予定のある方や、自分の音楽をそういったプロジェクトに使ってもらいたいと考えているミュージシャンの方達の参考になれば嬉しいです。
既存の音楽を映像に同期させて使用したい場合、許諾の手続きが複雑であること、許諾のハードルが高いことは、確かにユーザーにとっても我々にとってもあまり幸せなことではありません。「市販の音楽を使うのは面倒臭い」という認識が実態以上に先行しているとすれば、それは残念なことです。ただ、許諾のプロセスという点に関しては、日本およびJASRACはアメリカに比べるとずっとシンプルで分かりやすく、音楽がよりユーザーに使いやすくあるためにかなり前向きな努力をされていると思います。その理由をまず説明します。
音楽の使用をめぐる、さまざまな権利
(この部分に関しては、当ウェブサイト内「Licensing Guide」などのガイドページも参考にして下さい)
前回説明したように、アメリカでは音楽周りの著作権の3本柱といえる
X. パフォーミング・ライツ(演奏権)
Y. メカニカル・ライツ(録音権)(厳密にはイコールではないが、ここでは割愛)[1]Tatsuya Oe Findings 「音楽著作権オペレーションの日米比較:「シンクロ権」の扱い方」
Z. シンクロナイゼーション・ライツ(シンクロ権)
の管理を担当する団体がはっきりと分かれ、それぞれの権利にそれぞれのビジネスモデル(=お金の流れ)が出来上がってから既に長い歴史があります。
シンクロ使用に関しては、
1. 「原盤権」を持つレコード会社
2. シンクロ権を「直接」管理する音楽出版社
の両者から許諾をもらうことまずは必須ですが、もしその使用がテレビ放送やDVD発売などのメディアミックスを伴う場合は、使用する権利がZだけでなくさらにXやYも含まれてきます。そのため、放送局経由でパフォーミング・ライツを管理する団体にキューシート(使用報告書)を提出したり、メカニカル・ライツを管理する団体にDVDリリースの内容を報告して使用料を支払ったりする必要が生じます。
先日説明したように、日本ではJASRACがX,Yはもちろん、Z(のある程度の部分)の管理もワンストップで行っていることが多いので、念頭に入れなければならない窓口は通常JASRAC+1+2の3つなのに対して、アメリカではX団体+Y団体+1+2の4つもしくはそれ以上に増えます。
「クイーンやAC/DCのヒット曲を使いたい!」
日本では「洋楽のヒット曲の使用許諾はお金と手間がかかる」としばしば言われますが、アメリカなら簡単かというとそうでもありません。例えばクイーンの「We Will Rock You」やAC/DCの「Back In Black」などの往年のロックの名曲を、
・アメリカのテレビドラマのテーマ曲で使い、
・番組宣伝として予告編をYoutubeやオフィシャルサイトで公開、
・そしてそのドラマをヨーロッパ&アジアその他のエリアの放送局にも配給し、
・1シーズン終わった段階でDVDパッケージ化はもちろん、番組の人気によってはサウンドトラックのCDもリリースする。
なんて企画を想像しただけで、もう頭がパンクしてきます(笑)。X,Y,Z,1,2が全て関わってくる上に、こういった殿堂入りアーティストの場合は、アーティスト本人や事務所などの意見も大きく左右するので、キーパーソン選びや交渉役選びがとても重要になってきます。
(そのドラマの制作会社とレコード会社が同系列だったり、その関係ありきで楽曲使用の企画が立ち上がる場合は、また話が異なります。)
「ミュージック・スーパーバイザー」の出番
こういった複雑な事態に対応するために、映画、テレビなどの大がかりな仕事の場合はプロジェクト内に「ミュージック・スーパーバイザー(音楽管理者)」とか「ミュージック・クリアランス(権利処理担当者)」といった専門家を立てて、こういった複雑な権利処理までを含めた選曲作業がスムーズに進むように人材を配置しています。使用したい曲の優先順位に応じて、全体の予算からそれぞれに使える予算を割り出していくのです。
日本、アメリカに関わらず、また往年のロックミュージシャンの曲であれ、デビューしたての新人の最新ヒット曲であれ、メジャーレーベル&メジャー音楽出版の音源は一般的に使用料が高く、許諾に手間と時間がかかります。制作、マーケティング、そして音楽出版と、1つの楽曲が世に出るまでに何十人何百人ものスタッフ・関係者が介在するのが彼らのビジネスモデルですから、そういった音源の使用料が高く手間もかかるのはある程度仕方がありません。
人気テレビドラマ「ブレイキング・バッド」や「ザ・ウォーキング・デッド」のミュージック・スーパーバイザーを務めるThomas Golubicが業界紙Varietyで答えたインタビューによると、これまでアプローチをした中で一番高い使用料を提示されたのはAC/DCの「Thunderstruck(サンダーストラック)」(アルバム「The Razor’s Edge」収録)で、1999年当時で50万ドルだったとのこと(2015年9月現在のレートで言えば6,000万円)。
下がその金額を支払った映画「バーシティ・ブルース」での使用シーンです。IMDbによるとこの映画の予算は16ミリオンドルとのことですから、全予算の約3%はこの楽曲の使用料ということになりますね。これはAC/DCとそのマネジメントチームが(少なくとも当時は)シンクロ使用に関して積極的でなかったという理由も手伝っていると思います。 [2]AC/DC’s ‘Thunderstruck’ Is One Of Most Expensive Songs In Cinematic History
この映像を見た後の皆さんの微妙な反応を想像しつつ(笑)、この「使用料の高騰」と「複雑な許諾作業」を中心とした問題が音楽を使用する側に与える影響と、それを出来るだけ回避する方法を整理してみますね。
音楽ライセンスにまつわる3つのリスク
1. 時間的リスク: 許諾作業が複雑で手間がかかる→プロジェクトの進行に支障を来す恐れ、交渉(役)の見直しが必要になる恐れが生じる
2. 金銭的リスク: 有名曲は莫大な使用料がかかる恐れがある→コスト回収のハードルが上がり、プロジェクト自体のギャンブル性が高くなる
次はアーティスト冥利に尽きる話ではありますが(笑)、有名曲使用では特にこういった残念なケースもよく見受けられますね。
3. 成果バランスのリスク: 曲の持つパワーや知名度がコンテンツ自体の訴求力を上回る→評価や関心がコンテンツよりもアーティストと曲に集まるという、アンバランスもしくは本末転倒な現象が起こりうる
これらのネガティブ要素を出来るだけ抑えるために、僕の経験から思いつくアプローチは下記の10です。まずは紹介編ということにとどめて、それぞれの解説は次回以降にしますね。
これら3つのリスクを抑える、10の解決方法
<王道編>
A. コスト意識が高くて交渉力のある、優秀な音楽ディレクター/スーパーバイザーを使う
B. 適度な使用料&ワンストップの許諾作業で楽曲を借りられるインディペンデント・レーベルの音源を使う
C. 手頃な使用料でまとまった量の楽曲を借りられる、プロダクション・ミュージック/ライブラリの音源を使う
D. 手早く的確に作りおろし楽曲を提供してくれる、優秀な作曲家や音楽制作会社を使う
<裏技編1 -発想の転換->
E. カバーソングで原盤権の使用料支払いを回避する(積極的理由からカバーをすることももちろんあります)
F. 監督もしくは制作スタッフ自らが音楽も作る(作曲するCMディレクターからジョン・カーペンターまで)
G. 音楽を使わないアプローチを考える
著作権オペレーションの観点に根ざした「正攻法」以外も範疇に入れれば、下記の様な現実的アプローチもあるでしょう(むしろこちらの方が功を奏する場合も多い)。
<裏技編2 -ネットワーク&交渉->
H. 組織的な繋がり・系列や人脈を活用する
I. シンクロ使用に理解のあるアーティストの曲を選ぶ
J. 貸す側の金銭面以外のメリットを含めた提案をする
それぞれの方法、特にAからEまでについては今後詳しい解説をしていく予定で準備していますが、仕事の合間の作業のため、出来上がったところから徐々に紹介させてもらいます。その間に関係のないテーマのfindingsを挟むこともあるかも知れないので、そこはご了承下さい。
補足
「I. シンクロ使用に理解のあるアーティストの曲を選ぶ」に関しての補足(実質的にはA, H, Iの重ね技)として、上で紹介したThomas Golubicがボブ・ディランの楽曲を使用した際のエピソードについて語っているのでこれも紹介しておきます。彼曰く、「僕にとってボブ・ディランの楽曲の権利処理はこの上なくシンプルでした」。
参考記事: Variety “Bob Dylan’s Approach to Song Licensing Is Positively Surprising” (ボブ・ディランの楽曲ライセンスに対するアプローチは良い意味で衝撃的)
最後に自分の話をさせてもらうと、僕及びModel Electronicがやっていることは主にBです。音楽を使用したいというリクエストがどの国からであっても、使用の是非から使用料の決定、音源ファイルの提供まで数時間~数日間で完結します。先日映像事例紹介のページをリニューアルしたので、そちらも参考にしてみて下さい。米国インディペンデント・レーベルの楽曲ライセンスの動向についても今後詳しく説明していきますので、お楽しみに。
脚注